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2009.03.10

"Departure"

3月10日(火)
2008年度卒業式が宝ヶ池プリンスホテルで行われました。

 岩倉祭と同じくチャペルが取壊されたためです。チャペルを始めとする大規模移転工事が今年度卒業生に与えた不利益と岩倉祭・卒業式が格段豪華になった利益どちらが大きいか。功利的に考えましても、岩倉で丸々過ごした先輩方を見た私はできればチャペルでの式がやりたいと思っておりました。しかし、当日の華やかで明るく楽しい式場は門出に文句なしでした。
 場所は変われど人は変わらず。この学年の冷静な判断と積極的な行動で構成される活力は軍隊のように条目化された統制の中の命令を鵜呑みにするのではなく、誰もが(良心を手腕に運用する人物として)自立できていると今では感じます。悪く言えば、価値観は違うので「これぐらい大丈夫」が危険に見えることもあります。また「のり」とか「空気読め」とか活力が高まりすぎると度胸試しや遊びの延長線に悪事が垣間見えます。どうしても自己の良心で判断というのは不安定さを伴います。
 場所が荘厳になったところで同じ人々ですから、緊張したり感動して涙したり、卒業式によくあることが見られない。卒業式はただの区切りで友達も、一日の重さも変わらない、内部進学の割合が多い卒業式だからかもしれません。もし、皆がそう考えているとしたら「大人だなー」と思いました。
 同志社人のヨコの繋がりの広さもここに現れているのかもしれません。それにしては女性は派手な振袖率95%でした。華美=綺麗が成り立っているのでしょうか、それとも日常とは違う華やかさをもって自己主張する場であったのでしょうか、はてまた同志社の徽章の逆三角形のように、広く広く(皆きらびやか美しく)という逆がなりたっているのでしょうか。よくわかりません。
 三寒四温、岩倉はそろそろ春です。高校生活の間でも当たり前が新鮮+懐かしいへ変わっていく少しずつの変化を実感して来ました。山岳部の旧部室の重い扉を開けた時から始まった自分の変化、そして環境の変化を。物理で説明すると分かりやすいかと思います。運動の向きを変えたり加速したりするには力を与えてやらなければならない。それと同じように自分の進む向きを変えるには自分が(環境が)自分に正しい向きで活力を与えて変えてやらなければならない。クライミングとかと同じです。上手くなりたかったら正しい方法を調べて練習をする。それがしっかりできればもう少し上手くなっていたと反省しています。 
 結論としては、活力・挑戦する気持ちを忘れずに大学生活を送っていきたい。という抱負と
後輩たちには変化のないダラーとした状態ではなく常に活力・挑戦する気持ちをもって何事にも臨めばいいことあるよ。という激励です。得たものを運用していつか還元できればと願っております。
 ご清覧ありがとうございました。  部員 平田
 
DSCN0253.jpgCA380179.jpg右図は解体記念懸垂下降(安全第一)

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